薄い一枚の紙の

定型文の合間に挟まれた気遣い。

 

前職の人事部から送られてきた書類の添状。定型文が嵌め込まれているだけだと見送りそうになった文字の羅列が、本当はとても意味があると知った時に、私は担当者の名前を確認した。

担当者は少し口の悪い、良く言えばワイルドな人だった。社員の中で一番早く出社して、いち早く掃除に取り掛かる人だった。

私ともうひとりのパートのおじいちゃんは、残業しないように早く出社していた。最初はそのおじいちゃんだけ。そのあと、私も隣で、揃って仕事をするようになって、2人でそのワイルドな人を迎えるのが朝の恒例になっていた。

その人が取り出した掃除機の音で席を立って、邪魔にならないように私達も掃除に取り掛かる日々。

 

ついに君も早く来る様になったか

そう苦笑いされたのを今でも思い出す。

朝が得意なんです、とそのときは笑っていたけれども。

 

なんとなく考える。

残業代が出ないパートが、日に日に出勤時間を早め、退勤時間が遅くなり、ついに突然姿を消したその一連の流れを、あの人はどういう気持ちで見ていたのだろうか。

 

退職後、諸手続きの電話をしたとき、その人の声は幾分か優しかった。気のせいだと思っていたが、添状に載せられた言葉が、それを少しだけ否定しているようだった。

嘘でも全然いいや、そう思えた。

事実なんて一生わからない。

 

上層部の薄っぺらい、馬鹿でも分かる嘘に辟易としていたのになぁ、と考えてはみたものの、そういった類の嘘とはまた違うものだと思い至って、考えるのをやめた。

嘘にも質があるらしい。どうやら。

 

丁寧にファイルに入れられた添状と書類を机に放り出してそそくさと布団に入る。

退職届を出した日が遠い昔の様に感じる。働いていた日々も。

 

少しずつ効いてきた睡眠薬が、瞼をゆっくりと閉ざしていく。

休養の日々が続く。小さな1日が終わろうとしている。

せめて、今日の私を責めないうちに。おやすみを。