無題

無理とわかっていても、どこかで期待していた淡い希望を、「忘れなきゃね」と声に出して押し潰したとき、私は、彼の前で声も出せずにさめざめと泣いていた。

叶わない悲しさももちろんあったけれど、どうしてこんなにも心が痛くて痛くて仕方ないのか、訳もわからなくて。

瞬きを忘れていても涙は次々に押し出されて大きい雨粒みたいにバタバタと手に落ちていった。

少しだけもがいた日々の疲れがどっと押し寄せた。虚しくて仕方なかった。

 

嫌いになれたら、冷めてしまえたらと思って遊んだ昨日。結果気持ちは募るだけだった。

時折見える彼の待受画面は例の彼女との思い出のもの。私を見ていないことなど明らかで、今後も見ないであろうという確信が、じわじわと迫るその悲しさが、一緒に過ごした時間と共に重なっていって。

 

一度認めてしまえばもうあとは転がり落ちるだけだった。無理だ、もう無理なんだと、納得していくのにそんなに時間はかからなかった。ひたすら静かに泣いた。泣きながら必要なことだけ声に出した。

相手の反応などどうでもよかった。ただ今後この人の一番の存在にはなれない、その確信だけもらえたら充分だった。

彼はそのあと例の彼女のことで大混乱していたが、そのことは思い出す価値もない。ここに記す労力もない。

 

ボタボタと涙を落としながら、ああ、私まだこんなに人を好きになれるんだ、すごいな、としん、とした心で思っていた。

元気な証拠かしら、なんて的はずれな結論を出して、涙が止まる頃にはなにかしっくりくるものを感じていた。

 

泣ききった。そう思った。

気だるさとはなにか違う、心地のいい疲労感に満たされて、心は割と簡単に切り替わった。

 

スマホにてゲームのお誘い。ああ、ゲームしたい、なんてすぐに思って。

あんなに離れがたかった彼に、何回も「帰るよ」と声をかけ急かしたのは、もう笑い話だ。

帰る頃には前しか向いていなかった。

 

きっと、余計な連絡先を残したがらない彼だから、私の連絡先はブロックするか、消すかするのだろう。

またとんかつ食べよ、なんて言いあったのは、嫌いではないけどさようなら、の、代わり。

 

帰りついた瞬間サンダルの紐が切れた。もう終わりなんだろうなと、思った。

 

今朝目を覚まして、脱げかけた殻を急いで取り払うかのように変化を求めた。

とにかく新しいものを、と、購買意欲が先走って。日頃から求めていたワンピースを探して買って。

ふらっと寄った本屋で、偶然めくったページの言葉が、あまりに心に響きすぎて、その場からしばらく動けなくなって。

内容には興味がなかった。でもこの言葉をそばにおいておきたくて、お金を出す価値があると思って、本を買った。

 

スタバの店員さんは私の顔を見ると、あ、という顔をした。顔なじみになったその店員さんはパーマをかけてイメージが少し変わっていた。

フードがならぶケースにキッシュが見当たらなくて聞けば、商品が入れ替わる時期らしい。さよならフードという一覧に、キッシュの文字が並んでいた。

「好きだったんですか?」と聞く店員さんに、「すごく好きでした」と返して、笑う。

 

「また新しいものが入って来ますから」

店員さんは微笑んでいた。

私はそこに色んな意味をみつけてひとり、穏やかな気持ちになった。

 

空いた穴は同じ形のものでしか埋まらない。

切羽詰まった彼が吐き出した言葉に、そう、と頷きながら私は、それは絶対違うと確固たる気持ちを持っていた。

その穴より大きくて柔らかくて温かいものが、いつか穴を塞いでいくのを私は知っている。そもそも、穴は自然と小さくなる。自然と癒えるときもある。

ただ、ちゃんと自分と向き合いさえすれば。

 

向き合いたくないという彼に、かける言葉はなかった。彼は彼の人生をいくのだろう。そこに私はいなくて結構だ、と、思う。

 

まだ変化の途中で、それはじめっとした空気が少しずつ涼しさをもって乾き始めるようなすっとした感覚で。勉強という日常に戻りたくなくて、ゆっくりとこれを更新する。

今日は勉強しなくていいか、と思いながらも、きっと時間を持て余して始めてしまうんだろう。

もう少しあとの話にはなるけれど。

 

これからなにをしよう、例の歳上の人はどうなるのだろう。また傷ついて泣いたとしても、きっと、私は何かしら越えていくのだろう。自信がない私の、そこだけを信じて。ぬるめのソイラテを飲む。